今日の聖句8月21日(土) 主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植 わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉 は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。 エレミヤ17:7-8 木はどれでも、その実によってわかるものです。 ルカ6:44 ***************************** コリント人への手紙第一1章24節25節 私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとっては つまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリ シヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なので す。 「神の力・神の知恵」 パウロにとって、十字架につけられたキリストを宣べ伝えることは、まさに使命 でした。それはユダヤ人にはつまづき、異邦人には愚かにしか聞こえないもので した。しかし、キリストの中にこそ、そして十字架の出来事の中にこそ、神の知 恵が隠されており、神の人間に対する配慮が隠されていることをパウロは悟って いるのです。 しかも、パウロはこのキリストこそ、召されている者にとっては「神の力」「神 の知恵」なのだとも語ります。これは極端な発言です。わからない人にはまった く無益だけれど、わかる人にはすばらしい宝のような存在なのだということだか らです。 今日の聖句を読んでみようと思う心がある人にとっては、きっとキリストが「神 の力」「神の知恵」としてもっと明確に理解できる日があると思います。正直な ところ、私にもまだまだわかりきってはいません。 でも、キリストこそ神の力、神の知恵だというヒントが提示されていることはあ りがたいことです。キリストを学ぶことでそれを教えられ、経験できる可能性が あるからです。 祝福を祈ります。