今日の聖句11月5日(木)\(^o^)/ 彼は立って、主の力と、彼の神、主の御名の威光によって群れを飼う。 ミカ5:4 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。 ヨハネ10:28 ************** 今週のテーマ:上にあるものを きょうの聖書:ピリピ3:12-16 ピリピ人への手紙3章12節13節14節 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。兄弟たち。私は、自分がすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。 「きよい生き方」 ピリピ3:12-16には「自分はまだ完全ではないと謙虚に認めつつ、キリスト・イエスにとらえられている者として、目標である天の栄冠を目指してひたむきに前進し続けること」ですというパウロの信仰が証しされています。パウロはキリストの内に生活する者としての自覚を持っていました。 パウロは毎日毎日本気になってキリストを追い求める姿勢を貫いた人でした。うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っていた人生でした。 彼は自分のユダヤ人という立場もローマの市民権を持っているという立場も、学歴も、知識も経験も、キリストを深く知ることのために妨げとなるなら、それらを誇ことを一切やめて、学ぶ人として、キリストに捉えられた存在としてキリストの喜 ぶ生き方を求めながら、前向きに進んだのです。 それは人が見ていても、いなくても、牢獄の中でさえそうでした。キリストが「主」であり、自分はそのお方の「しもべ」として生きられる喜びを彼は決して失っていませんでした。これがきよい生き方というものです。15節で「成人である者はみな、このような考え方をしましょう」と呼びかけて読者である私たちにも「うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進む」姿勢を促しています。 祝福を祈ります。