今日の聖句10月30日(金)\(^o^)/ 主は、弱い者をちりから起こし、貧しい者をあくたから引き上げ、高貴な者とともに座らせ、彼らに栄光の座を継がせます。 1サムエル2:8 この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。 ルカ1:48 ************* 今週のテーマ:天の国のたとえ きょうの聖書:ルカ14:15-24 ルカの福音書14章21節22節23節 家の主人は怒って、そのしもべに言った。『急いで町の大通りや路地に出て行って、貧しい人たち、からだの不自由な人たち、目の見えない人たち、足の不自由な人たちをここに連れて来なさい。』しもべは言った。『ご主人様、お命じになったとおりにいたしました。でも、まだ席があります。』すると主人はしもべに言った。『街道や垣根のところに出て行き、無理にでも人々を連れて来て、私の家をいっぱいにしなさい。 「大宴会のたとえ」 ルカ14:15-24には、神の国への招きが記されています。イエス・キリストがパリサイ派の人々の家で食事をしながら語った教えです。15節を見ると、食卓を共にしていた客の一人が「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」と言ったことに対し、イエス様が「大宴会のたとえ」を語り始めました。 18節~20節には、この招きに対する拒絶の対応が記されています。招かれた人たちは「畑を買ったから見に行かなければならない」「牛を5組(10頭)買ったので試してみたい」「妻を娶ったので行けない」と申し立ててキリストの招きに応じません。神様の招きよりも地上の財産や自分の都合、家族を優先して断りました。 21節~23節に、主人は怒り、町の大通りや路地裏にいる「貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人」,さらには通りやいけがきの側にいる人々まで強いて招き入れ、家を満たそうとしました。それでもまだ空席がありました。 最初に招かれた人々、当時のパリサイ人や律法学者など、自分たちは神の国に当然入れると思っていた人々は、その宴会を味わうことができないと告げられました。天のみ国の宴会への招きは、実際にはキリストの救いへの招きなのです。神様の招きよりも地上の財産や自分の都合、家族を優先して断ってしまうと肝心な救いを受けそこなうのです。 祝福を祈ります。