今日の聖句10月22日(木)\(^o^)/ 知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの主の民その牧場の羊。 詩篇100:3 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っており、わたしのものは、わたしを知っています。 ヨハネ10:14 ************* 今週のテーマ:この世と神の国 きょうの聖書:1サムエル8:19-22 サムエル記第一8章19節~22節 民は拒んで、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。「いや。どうしても、私たちの上には王が必要です。そうすれば私たちもまた、ほかのすべての国民のようになり、王が私たちをさばき、私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」サムエルは、民のすべてのことばを聞いて、それを主の耳に入れた。主はサムエルに言われた。「彼らの言うことを聞き、彼らのために王を立てよ。」 「主権侵害罪」 1サムエル8:19-22の要点は、イスラエルの民が神の統治よりも「ほかの国々のような人間の王」を強く望み、サムエルの警告を拒み続けた結果、神様がその願いを許容として受け入れたところにあります。民はサムエルから「王を立てれば重い負担や不自由を強いられる」と警告されたにもかかわらず、聞き入れず、「どうしても王が必要だ」と強く主張したのです。 民が強く主張した動機は、目に見えない神に導かれるよりも、「ほかのすべての国々と同じように、周りから強く見えたり、安心できたりする王がほしい」という世俗的な憧れにありました。民が王を求めることは、地上のリーダーに対する不満というだけでなく、イスラエルを直接治めている「神様ご自身の統治の拒絶」だったのです。 神様はサムエルに対し、民の言う通りにして「王を立ててやりなさい」と告げます。これは神様の祝福というよりも、人間の思い上がった選択やその結果もたらされる苦難をあえて通らせるということで、自由意志と結果を委ねる形での裁きとしての面を持っていました。 造り主である神様には所有権、決定権、支配権、審判権などと呼ばれる主権があります。生殺与奪の権ともいわれます。人間が犯す最大の罪は神様の主権を侵害することです。多くの人がこの罪に陥り、神様の怒りを買ってしまいます。イエス様の救いは神様の主権を犯したために裁かれなければならない私たちを神様の怒りと裁きから解放してくださったということです。イエス様の赦しがない限り私たちに安らかな人生はありません。 祝福を祈ります。