今日の聖句10月8日(木)\(^o^)/ この幻は、定めの時について証言し、終わりについて告げ、偽ってはいない。もし遅くなっても、それを待て。必ず来る。遅れることはない。 ハバクク2:3 見なさい。農夫は大地の貴重な実りを、初めの雨や後の雨が降るまで耐え忍んで待っています。 ヤコブ5:7 ************* 今週のテーマ:絶えず祈れ きょうの聖書:詩篇42:1-11 詩篇42篇1節~4節 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば私は行って神の御前に出られるのでしょうか。昼も夜も私の涙が私の食べ物でした。「おまえの神はどこにいるのか」と人が絶えず私に言う間。私は自分のうちで思い起こし私のたましいを注ぎ出しています。 「渇きを癒すいのちの水」 詩篇42:1-11の要点は、苦しみや霊的な渇き、たましいの枯渇の中にあっても、絶望に沈むのではなく、神を仰ぎ見て希望を持ち続けることにあります。この詩の作者は肉体的にも精神的にも追い詰められた極限の状況にあります。エルサレムのはるか北からエルサレムにある神殿の方角に目を向けて神様の救いを求めて祈っています。 1節の「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます」という祈りはとても有名です。この谷川は日本のすがすがしい谷川とは違い、乾季になると一滴の水もなくなる、この地方でハジと呼ばれる渇き川です。水を求めても水を飲めない川です。 5節では「わがたましいよ。なぜおまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを」と言い、7節で「あなたの大滝のとどろきに淵が淵を呼び起こし、あなたの波、あなたの大波はみな私の上を越えて行きました」と苦しみを訴えています。 人の心には渇きがあります。愛に飢え渇く渇きと、救いに渇く渇きです。反対は、潤いです。愛に潤い、救いに潤い、そして喜びで潤います。新約聖書では愛を水と表現しています。永遠のいのちへの水です。イエス様は黙示録21:6で「わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる」と宣言してくださいました。愛を求めて祈り、救いの確信を求めてお祈りさせていただきましょう。この祈りは必ずかないます。 祝福を祈ります。