今日の聖句10月5日(月)\(^o^)/ アブラハムは答えた。「ご覧ください。私はちりや灰にすぎませんが、あえて、わが主に申し上げます。」 創世記18:27 しかし、彼女は言った。「主よ、そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパン屑はいただきます。」 マタイ15:27 ************* 今週のテーマ:絶えず祈れ きょうの聖書:1サムエル1:9-18 「このはしためを、よこしまな女と思わないでください。私は募る憂いと苛立ちのために、今まで祈っていたのです。」エリは答えた。「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように。」彼女は、「はしためが、あなたのご好意を受けられますように」と言った。それから彼女は帰って食事をした。その顔は、もはや以前のようではなかった。 「心を注ぎだす祈り」 1サムエル1:9-18は子どもが授からず苦悩していたハンナが、シロの主の宮で心からの祈りを神にささげ、祭司エリから祝福を受ける場面です。ハンナは不妊の悲しみと、夫のもう一人の妻ペニンナからの挑発による深い心の痛みを抱えていました。ハンナは神殿で神様の御前に心を注ぎだして祈りました。 15節に「私は主の前に心を注ぎ出していたのです」という言葉があります。心を注ぎだす祈りとは、心のうちにある一切のわだかまりをすべて打ち明けて祈るということです。その祈りは、子どもを産めない悲しみ、ベニンナからの挑発によるいらだちを告白するとともに授けられた男の子は神様にささげますということでした。 ハンナは声に出さずに心の中だけで祈っていたので、それを見ていた祭司エリはハンナが酔っているものと勘違いしました。それでハンナは「このはしためを、よこしまな女と思わないでください」と答えたのです。エリはハンナに「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように」と祝福の言葉を告げました。 祈り始める前のハンナの心は不安と悲しみに満ちていましたが、心のうちにある一切のわだかまりをすべて打ち明けて祈った後は平安に包まれてその顔は、もはや以前のようではなかったと言われています。神様に信頼して祈った人には神様は大きな安らぎという恵みを授けてくださいます。この恵みを受けられない人は一人もいません。 祝福を祈ります。