今日の聖句9月25日(金)\(^o^)/ 幸いなことよ。このようになる民は。幸いなことよ。主を自らの神とする民は。 詩篇144:15 同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かに恵みをお与えになるからです。 ローマ10:12 ************* 今週のテーマ:主を知ること きょうの聖書:ガラテヤ4:8-11 ガラテヤ人への手紙4章8節~11節 あなたがたは、かつて神を知らなかったとき、本来神ではない神々の奴隷でした。しかし、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうして弱くて貧弱な、もろもろの霊に逆戻りして、もう一度改めて奴隷になりたいと願うのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、季節、年を守っています。私は、あなたがたのために労したことが無駄になったのではないかと、あなたがたのことを心配しています。 「神に知られている」 ガラテヤ4:8-11の中心点は「神に知られているという恵みを受けて神の子とされた者たちが、再び律法や世の支配する諸霊に縛られて奴隷の状態に逆戻りしてはならない」というパウロの強い警鐘と警告です。人は、神を知らなかったときは、偶像や無力な神々に仕える奴隷であったのです。 今は自分が神様を知っているだけでなく、「むしろ神から知られており、選ばれ、愛されている」という、恵みの中に生きているという真理があります。神様を知るよりも、神様に知られていることの方が大きな恵みなのです。常に神様に見守られているからです。 それにもかかわらず、ガラテヤの信徒たちが再び無力な支配する諸霊、律法的な暦や割礼、地上の宗教的規則などの「奴隷」に逆戻りしようとしていることへのパウロの驚きと嘆きが述べられています。律法的であるとか宗教的規則に縛られるとは、信仰が形式的になってしまうということです。 形式的になってしまうのはユダヤ人だけでなく、すべての人が陥る悪魔の罠です。罪を赦され、神の子とされていること、神様に知られていることを喜び感謝することがなければ、信仰は無駄になってしまいます。年中行事を守れば天国に入れるということはありませんから。私たちは神様に知られているのです。 祝福を祈ります。