今日の聖句9月9日(水)\(^o^)/ 私たちの神はその呪いを祝福に変えられた。 エレミヤ13:2 キリストは、ご自分が私たちのためにのろわれた者となることで、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。「木にかけられた者はみな、のろわれている」と書いてあるからです。 ガラテヤ3:13 ************* 今週のテーマ:主のいやし きょうの聖書:マルコ7:31-37 マルコの福音書7章33節34節35節 イエスはその人だけを群衆の中から連れ出し、ご自分の指を彼の両耳に入れ、それから唾を付けてその舌にさわられた。そして天を見上げ、深く息をして、その人に「エパタ」、すなわち「開け」と言われた。すると、すぐに彼の耳が開き、舌のもつれが解け、はっきりと話せるようになった。 「交わりの回復」 マルコ7:31-37の中心点は、耳の聞こえない人とろれつが回らない人の癒やしです。イエス様が天を仰いで深く息をつき、「エパタ(開け)」と語りかけて人間性を回復させる救いの業です。イエス様は人間の苦しみや閉ざされた状態に深く共感し、天を仰いで深い息をされました。 この出来事は「神の救いが異邦人にまで及び、イエスによって成就していること」、そして「閉ざされた人間関係や心を、主が全人格的に開いてくださること」にあります。耳が聞こえず、話せないということは神様のみことばが心に届かず、神様に祈れないという意味もあります。 関係の破断が滅びであり、人間関係の回復と神様との関係の回復が救いの中心なのです。「耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」ということがイザヤ35:5-6で預言されていました。この奇蹟はイエス様が旧約聖書で預言されていた救い主であることを証しするものでもあります。 ことばの説明ですが、「エパタ」という言葉は耳や口が開くということだけでなく神様と交わりが開かれるという意味があります。また、古代地中海世界では唾に癒しの力があると信じられていました。日本で昔は小さな傷を負ったときに唾を付ける風習がありました。イエス様が使った唾は癒しのシンボルだったのです。 祝福を祈ります。