今日の聖句9月7日(月)\(^o^)/ 主よ。私はあなたをあがめます。あなたは私を引き上げ私の敵が喜ばないようにされたからです。 詩篇30:1 子どもの手を取って言われた。「タリタ、クム。」訳すと、「少女よ、あなたに言う。起きなさい」という意味である。すると、少女はすぐに起き上がり、歩き始めた。 マルコ5:41-42 ************* 今週のテーマ:主のいやし きょうの聖書:マルコ3:1-5 マルコの福音書3章3節4節5節 イエスは、片手の萎えたその人に言われた。「真ん中に立ちなさい。」それから彼らに言われた。「安息日に律法にかなっているのは、善を行うことですか、それとも悪を行うことですか。いのちを救うことですか、それとも殺すことですか。」彼らは黙っていた。イエスは怒って彼らを見回し、その心の頑なさを嘆き悲しみながら、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。彼が手を伸ばすと、手は元どおりになった。 「真ん中に立ちなさい」 マルコ3:1-5の中心点は、「安息日の本来の目的は人を生かし、善を行うことつまり命を救うことである」というイエス様の宣言と、律法主義に囚われた人間に対する「怒りと悲しみ」です。安息日には働いてはいけないという禁止の律法があるのですが、その内容は、安息日には主を礼拝するという重要なことがあるのです。 イエスは片手の萎えた人に対して「真ん中に立ちなさい」と言い、群衆や監視する者たちの目の前に置きました。これは、苦しむ人を隅に追いやらず、中心に据える神の愛を表しています。イエス様は私たちの存在を重要視してくださいます。イエス様は私たちのいのちを何よりも貴く扱ってくださるのです。 「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と問いかけ、形式的な規則である律法よりも、人間の苦しみを救う慈しみが優先されるべきことを示しました。イエス様の基本は愛です。イエス様は常に愛を基本路線に敷いて私たちに接してくださいます。 周囲の人々の頑なな心を嘆き、怒りと悲しみをもって彼らを見つめました。形式主義が命の輝きを抑圧する状態への鋭い批判がここにあります。私たちの信仰も形ばかりのものにならないように気を付けなければなりません。山を移すほどの信仰があっても愛がなければ何の役にも立たないのです。イエス様から愛され、家族や隣人を愛して生活しましょう。 祝福を祈ります。