今日の聖句8月6日(木)\(^o^)/ あなたは朝と夕の始まる所が高らかに歌うようにされます。 詩篇65:8 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。 使徒16:34 ************* 今週のテーマ:回心 きょうの聖書:ルカ15:11-32 ルカの福音書15章18節19節20節 立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。 「放蕩息子」 ルカ15:11-32はいわゆる「放蕩息子のたとえ」として知られ、弟の回心と父の無条件の愛、そして兄の不満を描いた、神様の深い慈愛を示す物語です。この箇所は「失われた羊」「失われた銀貨」に続く三つ目のたとえであり、主題は「失われた者を捜し求め、喜んで迎え入れる神の愛」にあります。 そして、18節~20節では弟息子の悔い改めと父親の深い慈愛を描いています。具体的には、「我に返って父のもとへ帰る決意」「罪を告白する言葉」「遠く離れた息子を見つけて走り寄り抱きしめる父親の姿」が示されています。これが罪びとの悔い改めとキリストによる罪の赦しの姿です。 落ちぶれて豚の餌すら食べられない極限の飢えと絶望の中で、弟息子は自分の過ちに気づき、父の家を思い出しました。「お父さん、わたしは天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました」と自分の罪を認めす。「もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と、身を低くして帰宅を決意しましたのです。 息子がまだ遠くにいるうちに、父親は彼を見つける。これは、父が毎日息子の帰りを待ちわびていたことを表す。情けない姿になった我が子を見て、怒るのではなく胸が熱くなり、憐れに思い、周囲の目を気にせず、自ら走って息子のもとへ向かい抱きしめました。キリストは悔い改めるすべての人に対してこのように愛を示してしてくださるのです。 祝福を祈ります。