今日の聖句6月24日(水)\(^o^)/ 主よ、どうか激しく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えていないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。 イザヤ64:9 それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。 マタイ3:8 ************* 今週のテーマ:たがいに徳を高める きょうの聖書:ローマ15:1-6 ローマ人への手紙15章1節2節3節 私たち力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきであり、自分を喜ばせるべきではありません。私たちは一人ひとり、霊的な成長のため、益となることを図って隣人を喜ばせるべきです。キリストもご自分を喜ばせることはなさいませんでした。むしろ、「あなたを嘲る者たちの嘲りが、わたしに降りかかった」と書いてあるとおりです。 「弱さを担う」 ローマ15:1-6は、信仰の成熟した強い人に対し、未熟な者、弱い人の弱さを負い、自己中心ではなく隣人の霊的な成長を第一にして歩むべきことを教えています。立場の違いを超え、キリストの模範に倣って心を一つにし、神を賛美することが勧められています。 力のある者とは信仰の自由を理解し、律法の規定つまり食物や特定の日の区別などに縛られずに生きられるクリスチャンを指します。弱さとは、律法や習慣にまだ囚われており、自由に振る舞う他の信徒を見てつまずいたり、罪悪感を抱いたりしてしまう状態です。 パウロは、信仰的に強い者が自分の権利を主張するのではなく、弱い者の限界や配慮に寄り添い「弱さを担う」、隣人の霊的な成長である建て上げのために自分を抑えるべきだと命じています。この教えの目的は、私たちが忍耐と聖書の教えによって希望を持ち続けるためです。 3節では詩篇69:9を引用し、キリストご自身が自分の満足や利益を求めなかったことを示しています。キリストは十字架の苦難に至るまで、神様のみ旨と罪人の救いという「隣人のため」に生きられました。クリスチャンもまた、このキリストの自己犠牲的な愛を基準にして生きることが求められます。 祝福を祈ります。