今日の聖句6月23日(火)\(^o^)/ 神は私たちの救いの神。死を免れるのは私の主【神】による。 詩篇68:20 神は主をよみがえらせましたが、その御力によって私たちも、よみがえらせてくださいます。 1コリント6:14 ************* 今週のテーマ:お互いに徳を高める きょうの聖書:ローマ14:13-23 ローマ人への手紙14章13節14節15節 私たちはもう互いにさばき合わないようにしましょう。いや、むしろ、兄弟に対して妨げになるもの、つまずきになるものを置くことはしないと決心しなさい。 私は主イエスにあって知り、また確信しています。それ自体で汚れているものは何一つありません。ただ、何かが汚れていると考える人には、それは汚れたものなのです。もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって歩んではいません。キリストが代わりに死んでくださった、そのような人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。 「他人への裁きは罪」 この聖書箇所は、信仰における自由よりも「互いの愛と平和」を優先すべきであると説いています。自分が正しいと確信していても、それが他の兄弟姉妹の霊的成長を妨げたり、つまずきの原因となったりするならば、自発的に行動を慎むべきだという教えです。 ユダヤ社会には私たち一般人には想像もつかないほどの食事制限があります。それはカシュルートとよばれ、食べてよい「コーシャー(適正な食品)」と、食べてはいけない食品を厳格に分けた規律です。主なルールには「特定の動物のみ許可」「肉と乳製品の分離」「血の摂取禁止」があり、調理器具や工程にまでおよびます。 ユダヤ教ではこのカシュルートへの違反は決して許されません。逆に教会にはこのカシュルートを無視する立場の人がいます。カシュルートを守れという人たちと守る必要はないという人たちの間でさばき合いが起こったのです。食べてはならない人は食べなければ良く、食べてよいとする人は食べれば良いわけで、そこに裁き合いが起こることが問題なのです。 そのトラブルを見た信仰の初心者はキリストを信じなくなるかもしれません。何を食べて良いかという信仰上の価値観の違いで、他の信者を悩ませたり傷つけたりしないよう、お互いの愛と配慮を優先するべきです。そのほかにも自分の正義を振りかざして他人を遣り込めるようなことは断じてあってはなりません。相手を裁くことそのものが大きな罪だからです。 祝福を祈ります。