今日の聖句6月19日(金)\(^o^)/ あなたは私を敵の手に引き渡さず私の足を広いところに立たせてくださいました。 詩篇31:8 新改訳2017 サブ聖書ウインドウ No.1 キリストは、自由を得させるために私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは堅く立って、再び奴隷のくびきを負わされないようにしなさい。 ガラテヤ5:1 ****************** 今週のテーマ:神の家 きょうの聖書:マタイ21:12-17 マタイの福音書21章12節13節14節 イエスは宮に入って、その中で売り買いしている者たちをみな追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。そして彼らに言われた。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしている。」また、宮の中で、目の見えない人たちや足の不自由な人たちがみもとに来たので、イエスは彼らを癒やされた。 「家は祈りの家」 マタイの21章12節から14節は、エルサレムに入城したイエス・キリストが神殿のきよめを行った場面です。神殿の商業化を正し、本来の「祈りの家」としての役割を取り戻すとともに、弱い立場にあった人々を癒やすというイエス様の姿勢が描かれています。 ホサナ、ホサナの歓声とともに迎えられたイエス様は神殿の境内で「宮きよめ」をしました。イエス様が入る所、そこはどこでもきよめられていきます。神殿に入れば、神殿が、教会に入れば、教会が、家庭に入れば、家庭が、個人の心に入れば人の心がそれぞれきよめられます。 イエス様はきよめ主です。『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と言われているように、私たちの心に住むイエス様は私たちをきよめて、生活全般を祈りに向けさせてくださいます。その祈りは悔い改めの祈りです。神様を無視した教会生活を悔い改め、キリスト中心の信仰生活に導いてくださいます。 その場で、イエス様はからだの不自由な人々をお癒しになりました。キリスト中心の生活はやさしさと支援の生活です。きよめは癒しと言われているとおりです。クリスチャン生活に差別と排斥はあってはならないことです。すべての人がイエス・キリストの恵と祝福の中で幸いな人として生きるのです。常にイエス様を私の王様として、救い主きよめ主として生きる生活に進みたいと思います。 祝福を祈ります。