今日の聖句6月1日(月)\(^o^)/ 神にあって私はみことばをほめたたえます。主にあって私はみことばをほめたたえます。 詩篇56:10 ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。 ローマ11:33 ************* 今週のテーマ:教会の交わり きょうの聖書:使徒8:14-15 使徒の働き8章20節21節22節 ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。 「神様の主権」 ユタヤ人とサマリヤ人は互いに敵視して交際をしていませんでした。そのサマリヤ人がキリストの福音を受け入れました。使徒団はペテロとヨハネをサマリヤに派遣しました。それで、ペテロとヨハネがサマリヤ人に聖霊の注ぎを求めて祈り、彼らの頭に手を置いたところ聖霊が注がれました。 その場にシモンという人がいてこれを見ていました。シモンはお金を用意して、「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい」と頼みました。それでペテロは「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ」といって拒絶しました。 聖霊は人間の力や金銭で扱えるものではなく、神の主権的な賜物です。シモンの要求は明らかに神様の権威を冒す罪に該当します。ペテロは厳しく「この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない」と悔い改めを迫りました。 教会の内部には一切の罪が存在してはならないのです。教会には神様が自浄能力を授けてくださいます。教会の交わりの中に罪が忍び込まないように、十分に気を付けなければなりませんし、罪の芽が出るようなことがあったら直ちにそれを取り除き、教会のきよさを維持しなければなりません。罪の根本は神様の主権を侵害することなのです。 祝福を祈ります。