今日の聖句5月5日(火)\(^o^)/ 主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。 民数記6:26 「闇の中から光が輝き出よ」と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです。 2コリント4:6 ************* 今週のテーマ:主のいましめ きょうの聖書:イザヤ42:18-25 イザヤ書42章18節19節20節 耳の聞こえない者たちよ、聞け。目の見えない者たちよ、目を凝らして見よ。わたしのしもべほど目の見えない者が、だれかほかにいるだろうか。わたしが送る使者ほど耳の聞こえない者が、ほかにいるだろうか。わたしと和解した者のような目の見えない者、主のしもべのような目の見えない者が、だれかほかにいるだろうか。あなたは多くを見ながら、心を留めない。耳が開いているのに、聞こうとしない。 「聞こえない、見えない」 イザヤは神様がイスラエルは聞こえず、見えないと言っていると述べています。それはイスラエルが聾唖だというのではなく、神様の声が聞こえず、神様のお姿を見ることができないという意味です。普通の人は神様の声を聴くことができず、神様のお姿を見ることができません。それが当たり前です。 神様の声を聴き、神様のお姿を見るとは真理を悟るということなのです。真理を悟ることが出来なければ正しい人生を送ることはできません。真理を悟れなかったイスラエルはバビロニヤ攻め滅ぼされてしまったのです。耳が聞こえず、目が見えないとは普通の言葉で言えば「わからすや」ということです。 イスラエルは「わからずや」で世界中の多くの人は「わからずや」です。それを聖書は罪と言います。人がわからずやになる原因は人の頑固さです。素直さがないと頑固になり、わからずやになり、ついに神様の声が聞こえず、神様のお姿が見えなくなるのです。 そこで神様はご自分が人間の肉眼で見える姿になって現れてくださいました。そして、人間の鼓膜で聞こえる声で神様のみことばを語ってくださいました。それがイエス・キリストです。世界中の多くの人がイエス様を見て神様を理解し、神様の真理を知ることができたのです。神様の真理を一言で言えば「愛」です。愛が分からない人は正しい人生を生きることができないのです。 祝福を祈ります。