今日の聖句4月22日(水)\(^o^)/ あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを知らなければならない。 申命記8:5 聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。 2テモテ 3:15 ************* 今週のテーマ:キリストに生きる きょうの聖書:2コリント4:7-15 コリント人への手紙第二4章7節8節9節 私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。私たちは四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方に暮れますが、行き詰まることはありません。迫害されますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。 「滅びません」 「この宝を土の器の中に入れています」とパウロは言いますが「弱く無価値な存在である」私たちが「神の力である福音を与えられている」というふうに考えることができます。与えられた永遠のいのちかパウロの力であり活力の源なのです。永遠のいのちが私たちとキリストを直結させるからです。 その福音はキリストの死と復活に私たちを結び合わせ、苦難に遭うときにはキリストの死を自覚させ、その先にキリストの復活を期待させるものなのだとパウロは言います。苦難は現実なのですが、その先のイエスさまの命による勝利もまた現実だとパウロは確信しているのです。 パウロの証は壮絶です。苦しめられ、途方に暮れ、虐げられ、打ち倒されるという日々が使徒パウロと仲間たちの日々でした。福音の力で行き詰らず、失望せず、見捨てられず、滅ぼされないという確信を持っているのです。イエス様の死と命をそのように理解し、そのように結びつけているのです。 パウロの信仰は「キリストの死といのちが、私の肉体といのちを覆い尽くしている」というものなのです。自分の生き方が、その苦しみさえも意味があり、他人への祝福をもたらすためだと固く信じているパウロの思いがこういう言葉の中にはっきり見えてきます。そういう生き方をして福音を届けてくれた人たちのお陰で、私たちにまで福音が届いたのです。 祝福を祈ります。