今日の聖句4月17日(金)\(^o^)/ あなたは私を多くの苦難とわざわいとにあわせられましたが私を再び生き返らせ地の深みから再び引き上げてくださいます。 詩篇71:20 イエスは言われた。「若者よ、あなたに言う。起きなさい。」すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めた。イエスは彼を母親に返された。 ルカ7:14-15 ************* 今週のテーマ:復活の信仰 きょうの聖書:使徒3:11-16 使徒の働き3章15節16節 あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。 「復活の証拠」 3章の冒頭で生まれつき足の不自由な人がイエス様の御名によって癒されるという奇跡があったことが述べられていました。それを見ていた人たちがペテロとヨハネのところに走り寄ってきたので、ペテロはユダヤ人によって殺されたイエス様が復活して神様の力でこの足の悪い人を立たせたのですと証言しているのです。 ペテロは自分の力や信仰心が篤いからこの人の足腰を強くしたのではなく、復活したイエス・キリストの栄光を証ししました。事実、よみがえったイエス様の御働きで私たちの罪は赦され、私たちは救われて神の子とされているのです。私たちクリスチャンがこの世界に存在していることがキリストの復活の証拠なのです。 ペテロはこの場で集まった群衆に「その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました」と語ってイエス・キリストへの信仰を勧めています。癒されるのは礼拝するようにさせるためであり、すべての奇跡はイエス様が神様であることを証明するために行われるのです。 「聖霊を冒涜する者は、だれも永遠に赦されず、永遠の罪に定められます」(マルコ3:29)というイエス様のみことばがあります。聖霊を冒涜する罪とは自分の目の前でキリストの奇跡を見てもイエス様を神様として認めない罪のことです。奇跡を見たらイエス様を信じることが肝心です。それよりも奇跡を見ずにイエス様を信じることがもっと素晴らしいことなのです。「見ずして信ずるものは幸いなり」とも言われて祈す。 祝福を祈ります。