今日の聖月4月12日(日)\(^o^)/ 私のたましいよ。おまえの全きいこいに戻れ。主はおまえに、良くしてくださったからだ。 詩篇116:7 八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように。」と言われた。 ヨハネ20:26 ***************** 今週のテーマ:復活の信仰 きょうの聖書:申命記4:32-40 申命記4章33節34節35節 あなたのように、火の中から語られる神の声を聞いて、なお生きていた民があっただろうか。あるいは、あなたがたの神、主が、エジプトにおいてあなたの目の前で、あなたがたのためになさったように、試みと、しるしと、不思議と、戦いと、力強い御手と、伸べられた腕と、恐ろしい力とをもって、一つの国民を他の国民の中から取って、あえてご自身のものとされた神があったであろうか。あなたにこのことが示されたのは、主だけが神であって、ほかには神はないことを、あなたが知るためであった。 「主だけが神」 エジプトと主エジプトの旅の中で神様はイスラエネにご自身の御姿を示されました。それは、主だけが神であって、ほかには神はないことを、あなたが知るためであったとされています。苦しみに会うことも苦しみから解放されることも神の民が神様に対して真実な信仰を捧げられるようになるためだということです。 様々な奇跡がある中で最大の奇跡は十字架で死んだイエス・キリストが復活したということです。これによってイエス・キリストが永遠の神であり、ほかには神はないことが完全に立証されたのです。奇跡というものはすべてイエス・キリストが神であり救い主であることを立証するためにあるのです。 私たち一般の人間にとって最大の奇跡は、自分が罪びとであることに気づくことが出来たこと、その中で大きな苦しみを味わったこと、そしてその苦しみの中からイエス・キリストの十字架の死と復活によって救われたことです。まさかのまさか、自分が神の子として新しいいのちに生きることが出来るようになるとは夢にも思ったこともなかったことです。 信仰すること礼拝することの意味は、神様のお姿を見、そのお姿に自分を近づけていくということです。キリストを見、キリストに見習って生きる事です。キリストの真実を見、キリストの愛を見、キリストの生き方を見てキリストついて行くこと、それがクリスチャンのキリストへの奉仕なのです。いのちを捨てて神様のお姿を私たちに見せてくださったイエス様の生き方に準じて生きるクリスチャンとして生きてまいりたく思います。 祝福を祈ります。