今日の聖句4月3日(金)\(^o^)/受難日 すべての国々よ、主をほめたたえよ。すべての国民よ、主をほめ歌え。 詩篇 117:1 彼らは大声で言った。「屠られた子羊は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。」 黙示録5:12 ************* 今週のテーマ:主の苦難 きょうの聖書:マタイ27:45-56 マタイの福音書27章46節〜50節 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに立っていた人たちの何人かが、これを聞いて言った。「この人はエリヤを呼んでいる。」そのうちの一人がすぐに駆け寄り、海綿を取ってそれに酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けてイエスに飲ませようとした。ほかの者たちは「待て。エリヤが救いに来るか見てみよう」と言った。しかし、イエスは再び大声で叫んで霊を渡された。 「イエス様の死」 神様に見捨てられたということはイエス様の「死」に際して父なる神様がイエス様の父 また味方という立場から、イエス様の敵の立場に移られたということです。神様がイエ ス様の慈父ではなく、罪びとを裁く審判者になられたということです。 イエス様が「死」によって罪びとの罪を償ってくださるということは、罪びとたちが立たされる神様の裁判の被告席に、私たちに代わって立ってくださったということです。神の一人子であるイエス様が愛と信頼に満ちた父子関係から離れて、義なる審判者と、罰せられる罪びとという関係になっているのです。それが見捨てられたという言葉で表されたのです。 このイエス・キリストの死こそ旧約聖書にある犠牲の儀式による贖罪の成就であり、私たち罪びとはイエス・キリストによる贖いにより、創造主である神様を父なる神様と呼んで近づくことができるわけです。和解の成就であり、良好な関係の回復、親愛な交わりの誕生とも言えるのです。 イエス様はご自分が父なる神様から捨てられて、犠牲儀式を廃止し、ユダヤ人と異邦人の隔ての中垣を取り除き、この世とあの世との間に立ちはだかっていた死の門も排除されました。ですから私たちもイエス様を見てこのお方こそ全人類の救い主だと褒め称えているのです。今日は受難日です。 祝福を祈ります。