今日の聖句3月26日(木)\(^o^)/ 私はあらゆるときに主をほめたたえる。私の口にはいつも主への賛美がある。 詩篇 34:1 神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。 エペソ1:5-6 ************* 今週のテーマ:いのちの約束 きょうの聖書:1コリント15:50-58 コリント人への手紙第一15章50節51節52節 兄弟たち、私はこのことを言っておきます。血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな眠るわけではありませんが、みな変えられます。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。 「復活の約束」 私たちの肉体は有限であり、霊的な世界にあるすべての祝福を受け継ぐことはできません。霊的な世界の祝福、その永遠性を受け継ぐことができるためにこそ、肉体的な死が打ち破られる必要がありました。それをまさにキリストがもたらしてくださったのだとパウロは教えています。 キリストを信じる時、その復活のいのちが私たちの存在を覆うのです。その復活の力は、今、生きている間でも、希望を与える土台になっているので、大いに私たちの益になるのです。キリストが再臨する日に死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。 肉体は死んでも、そのまま、霊的な世界に引き継がれていく確証をキリストの復活はもたらしてくれるのです。死と罪の力に縛られていた私たちが神の愛の世界で生きられるようになったということが、そのことを物語っています。ここに私たちクリスチャンの希望の源泉があります。 血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。私もこの希望をもって日々堅実な信仰生活をさせていただきます。 祝福を祈ります。