今日の聖句3月14日(土)\(^o^)/ わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である。 出エジプト 20:2 兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。 ガラテヤ 5:13 ************* 今週のテーマ:十字架をとって きょうの聖書:ヨハネ21:18-22 まことに、まことに、あなたに言います。あなたは若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて行きます。」イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示すために、こう言われたのである。こう話してから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」 「ペテロの殉教の予告」 イエス様によるペテロの殉教の予告です。この節には4組の比較があります。1つはペテロが「若かった時」対「年をとる」2つは「自分で帯を締め」対「ほかの人があなたに帯をさせ」、3つは「自分の歩きたい所」対「行きたくない所」で、4つは若い時は「歩きました」対「連れて行」かれるのです。自分の意志とは関係なく殉教すると言われました。 対にならない言葉が一つあります。「自分の手を伸ばし」がそれです。伝統的に十字架につけられるときに限って使われていた言葉です。映画「パッション」を見ると、イエス様がローマ兵に体重をかけられて腕を伸ばされている場面があります。本能的に死を避けるために腕を縮めるのです。ペテロは自分の手を伸ばします。ステパノの最期を想います。 この節は、明らかに年をとったペテロが、十字架に磔にされて殉教するという死の預言です。「ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった」とヨハネも証言しています。ペテロの殉教の記録は多数残っています。現在のローマ法王庁がたっている場所がペテロの殉教の地だそうです。 イエス様は、ペテロにこのような殉教への未来が備えられているということをはっきり伝えた上で、「わたしに従いなさい」と命じられました。生前、イエス様は「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」と教えていた通りです。キリストの愛とキリストの復活を伝えるためには命も捨てるという心の備えが必要なのです。 祝福を祈ります。