今日の聖句2月24日(火)\(^o^)/ 私は知っています。主が苦しむ者の訴えを支持し貧しい者のためにさばきを行われることを。 詩篇140:12 兄弟か姉妹に着る物がなく、毎日の食べ物にも事欠いているようなときに、あなたがたのうちのだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹になるまで食べなさい」と言っても、からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。 ヤコブ2:15-16 ************* 今週のテーマ:悔い改め きょうの聖書:ローマ5:12-21 ローマ人への手紙5章19節20節21節 ちょうど一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、一人の従順によって多くの人が義人とされるのです。律法が入って来たのは、違反が増し加わるためでした。しかし、罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。それは、罪が死によって支配したように、恵みもまた義によって支配して、私たちの主イエス・キリストにより永遠のいのちに導くためなのです。 「罪と義、死といのち」 聖書は初めの人アダムが罪を犯したために全人類が罪を犯すようになったと説いています。逆に、イエス・キリストが神様に十字架の死に至るまで徹底的に従ったことによって全人類が義人にされたのだとキリストによる救いを述べています。律法は人に罪を自覚させるものですが、キリストは人を罪から解放するのです。 「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました」という言葉は私たちクリスチャンの真の証です。罪を深く自覚した人がキリストの恵みを深く味わうことができるのです。自分の罪に気が付かない人にはキリストの身代わりの死は意味が分からないのです。自分の罪に苦しんだ人がキリストの十字架による贖いの恵みを受けるということです。 かつて、罪は人を死によって支配していましたが、今はキリストによる恵みがいのちによって人を生かすようになっています。私たちは神様との和解をいただいて、いつでも、神様の大きな愛に包まれて幸いな人生を生きられるようにされたのです。それが永遠の命です。 イエス・キリストの十字架の死が全世界のすべての人を罪から救い、神様の御前で義とされた存在として生きられる。これが恵みです。私たちはこのような祝福を受ける資格を持たないものでしたが、神様の一方的な愛と憐れみによって破格の扱いを受けているのです。ただ聖名を崇めて感謝するだけです。 祝福を祈ります。