今日の聖句2月11日(水)\(^o^)/ エフライムは、わたしの大切な子、喜びの子なのか。わたしは彼を責めるたびに、ますます彼のことを思い起こすようになる。それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。 エレミヤ 31:20 神は、前から知っていたご自分の民を退けられたのではありません。 ローマ11:2 ************* 今週のテーマ:道をえらぶ きょうの聖書:1列王記18:30-40 列王記第一18章37節38節39節 私に答えてください。主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主よ、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。 「主の火が降った」 バアルの預言者たちは薪を積みあけて熱心にしかも時間をかけてさらに自分の体を傷つけてまでして火を呼び求めましたが火が降ることはありませんでした。次はエリヤの番です。エリヤは薪を積み、その上から大量の水をかけその上に切り分けた牛を乗せて「私に答えてください。主よ、私に答えてください」と祈りました。 「すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした」たのです。これを見ていたイスラエルの国民はひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言ったのです。人間の肉眼では見えない神様ですが、ここに火として現れ、主である神様こそ礼拝すべきお方であることを実証しました。 エリヤはB.C.875年ころからB.C.850年ころまで北イスラエル王国で活動した預言者です。この軌跡からおよそ860年後にイエス様が救い主としてユダのベツレヘムでお生まれになりました。33年のご生涯ののちエルサレムの町の外にあるカルバリ山で十字架による贖いの死を遂げられました。エリヤが用いた牛は私たちの身代わりとなったイエス様の模型だったのです。 それら50日ほどのちに聖霊が天から降り、弟子たちの頭上で炎の舌となって燃え盛ったのです。天から降った火は神であり、この火は救い神であり、罪と汚れを焼き尽くす火です。エリヤによって呼びくだされた火は人々の中にあって不信仰という罪を焼き尽くして心のきよめをしてくださいました。私たちの心に聖霊の火が降るとき私たちの心も罪からきよめられて真の神様を礼拝できるのです。 祝福を祈ります。