今日の聖句2月3日(火)\(^o^)/ 貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。 箴言17:5 神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束された御国を受け継ぐ者とされたではありませんか。 ヤコブ2:9 ************* 今週のテーマ:喜び きょうの聖書:ローマ5:1-11 私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。 「苦難さえ喜ぶ」 喜びを失ってしまった私たちにキリストは神様との平和を与えて喜びを返してくださいました。日々笑顔で生きられるようにしてくださったのです。私たちは自分が犯した罪のために心が暗くなり、力を失い、怖れに取りつかれて縮んだようになっていました。 しかし、キリストは私たちの罪をご自分で担って十字架で死に、私たちの代わりに神様からの刑罰を受けてくださいました。これによって罪を赦され、神様のみ前で義と認められて神様との間に平和を持つことができました。神様の愛に包まれて生きられるようになったのです。 ここに私たちの喜びの原点があります。山奥の水源で一滴の水が湧き出して、そこから1メートルも下ると川になっているように、赦されて義と認められたという原点から喜びが流れ出ているのです。この喜びは苦難さえ喜べる喜びなのです。罪のための苦しみが喜びに替えられたのですから、その他の苦難も必ず喜びに替えられるという気持ちになれるのです。 「苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。」生活の中にあらわれてくるすべての出来事が最後には自分の品性の向上と希望の獲得いう結果につながるのだと思うと、失敗することも侮辱されることもすべてが喜びの種だと思えて笑えてくるのです。イエス様は素晴らしい。 祝福を祈ります。