今日の聖句1月15日(木)\(^o^)/ さあ主に向かって喜び歌おう。私たちの救いの岩に向かって喜び叫ぼう。 詩篇95:1 あなただけが聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが明らかにされたからです。 黙示録15:4 ************** 今週のテーマ:諸国民の光 きょうの聖書:コロサイ3:5-11 コロサイ人への手紙3章9節10節11節 あなたがたは古い人をその行いとともに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです。新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります。そこには、ギリシア人もユダヤ人もなく、割礼のある者もない者も、未開の人も、スキタイ人も、奴隷も自由人もありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。 「イエス様の足跡」 古い人を脱ぎ捨てるとは直接的にはアダムの罪の支配を脱ぎ捨てるということです。それは生まれながらの教養のない生活を脱するという意味でもあります。新しい人を切るとは、イエス・キリストに準じて生きる生き方を指しています。イエス・キリストはその生き方において諸国民の光なのです。 「キリストに倣いて」という本があります。A.D.1250年頃にカトリックのトマス・ア・ケンピスという祭司によって書かれた本ですが、聖書に次いで多くのクリスチャンに読まれています。キリストに倣い、キリストに準じて生きる生き方こそ人間にとって最高の生き方なのです。聖書を読み、日々繰り返してデボーションを守りながら生きる生き方です。 「そこには、ギリシア人もユダヤ人もなく、割礼のある者もない者も、未開の人も、スキタイ人も、奴隷も自由人もありません」。まさにその通りです。もっと言えばクリスチャンであろうとなかろうと誰でもキリストを手本として生きることで最高の人生を生きることになるのです。 洗礼を受けて日曜日に礼拝を捧げる習慣は素晴らしいものです。でも、キリストを手本にする生き方が習慣になったらもっと素晴らしいのです。イエス様ならどうするだろうか。イエス様ならどう祈るだろうか。イエス様ならどう忍耐するだろうかとイエス様の足跡を探しながら生きるということです。イエス様は足跡を残してくださいました。 祝福を祈ります。