今日の聖句12月22日(月)\(^o^)/ 「わざわいだ。いつまでなのか。自分のものでないものを増し加え、その上に担保を重くする者」 ハバクク2:6 最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です。 ルカ 16:10 ************* 今週のテーマ:主の栄光 きょうの聖書:ルカ2:1-20 ルカの福音書2章8節〜11節 羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」 「御子の出生」 イザヤが「あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く」と語った主の栄光がここベツレヘムの羊飼いたちの上に輝きました。真夜中にいきなり空が明るくなってしまったのですからそれは羊飼いたちにとっては驚きと恐怖の何物でもありませんでした。御使いは羊飼いたちに恐れることはありません。あなたがたのために救い主がお生まれになりましたと告げたのです。 この時、ヨセフとマリヤはナザレから先祖ダビデ出身地、つまり、本籍地へ来て住民登録をしようとしていました。人々が住民登録のためにこの町に集まっていたので宿屋にはマリヤとヨセフが泊まれる部屋はありませんでした。マリヤは洞窟で出産し、生まれた赤ちゃんは布に包まれて飼い葉おけに寝かされることになりました。 何とみじめな救い主の誕生ではありませんか。イスラエルの王となり、世界の救い主となるお方なら、御殿とは言いませんがもう少し良い生まれ方であってもよさそうなものだと思います。しかし、全人類の罪を一身に背負って十字架で死ぬために生まれた救い主には相応しい産声の挙げ方だったのかもしれません。 神の栄光を捨て、ご自分を空しくされた神様の御子の極度の謙遜がこの世の生涯の門出となりました。これはその後の御生涯を暗示しています。生れ落ちて以来居場所がなかったイエス様は今信じる人の心に宿り、天の御国にあって安息しておられます。心を開いてこのお方を受け入れる人の心は飼い葉おけのように卑しくてもそこに来て住んでくださるのです。 祝福を祈ります。