今日の聖句8月30日(土)\(^o^)/ 私の霊のいのちも、すべてこれらに従っています。どうか私を健やかにし、私を生かしてください。 イザヤ38:16 プブリウスの父が、発熱と下痢で苦しんで床についていた。パウロはその人のところに行って、彼に手を置いて祈り、癒やした。 使徒28:8 ************* 今週のテーマ:キリストの主権 きょうの聖書:コロサイ1:15-20 コロサイ人への手紙1章15節16節17節 御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方です。なぜなら、天と地にあるすべてのものは、見えるものも見えないものも、王座であれ主権であれ、支配であれ権威であれ、御子にあって造られたからです。万物は御子によって造られ、御子のために造られました。御子は万物に先立って存在し、万物は御子にあって成り立っています。 「創造主」 この13節から23節の行に、パウロによる「キリスト論」が書かれています。イエスキリストこそ、主であり、救い主、神のすがた、創造主、保持者、教会のかしら、復活の主、和解させる方など、さまざまな側面が書き表されています。キリストの主権はキリストが創造主であることによる主権だということです。 キリストがどのような御方であるのかを知ることができた時、私達の心には大きな喜びがもたらされ、逆にキリストがどういう御方であるか分からなくなった時、私達は生き甲斐さえ失うものです。私たちはキリストによって造られたものであるために意義深い人生を生きられるのです。 上に掲げた15・16・17の三節の中には特に造り主としてのキリストの姿が謳われています。私たち一人一人の存在の根元的理由もこの中にこめられているように思われます。キリストを知ることと自分が何者であるのかを知ることは有意義な事です。私たちが生まれた理由、私たちが生きている意味、私たちが生きている目的もこの中に在るのです。 私たちにとって、キリストはどういう存在なのか、教会にとってキリストはどういう存在なのか、ここに書かれている内容がどういう意味なのか、考えることが必要です。キリストは上から高圧をかけて私たちを服従させるのではなく、造り主としての愛と真実をもって私たちを優しく導いてくださるお方です。その結果私たちの心には感謝が湧き上がるのです。 祝福を祈ります。