今日の聖句8月22日(金)\(^o^)/ 今、主への恐れがあなたがたにあるように。忠実に行いなさい。私たちの神、主には、不正も、えこひいきも、わいろを取ることもないからです。 2歴代誌 19:7 主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。 エペソ5:10 ************* 今週のテーマ:正義と平和 きょうの聖書:イザヤ32:9-20 イザヤ書32章14節〜18節 宮殿は見捨てられ、町の騒ぎもさびれ、オフェルと見張りの塔は、いつまでも荒地となり、野ろばの喜ぶ所、羊の群れの牧場となるからだ。しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、果樹園が森とみなされるようになる。公正は荒野に宿り、義は果樹園に住む。義は平和をつくり出し、義はとこしえの平穏と信頼をもたらす。わたしの民は、平和な住まい、安全な家、安らかないこいの場に住む。 「神様の教育」 この聖書箇所では前半部分でユダ王国に神様の裁きが降ることが語られ、後半部分で、キリストによる救いが訪れると書かれています。宮殿は見捨てられて茨が生い茂り、藪に包まれてしまうが、終に神の霊が降り、公正は荒野に宿り、義は果樹園に住むようになると預言されています。 パウロはローマ 11:22 で「見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを」と語っています。イザヤは神様に背く選民に対して神様が厳しく処罰を与えるが、それは選民の生活を正しい方向に導くためで、処罰の期間が過ぎたら関係を修復して、再び愛と恵のある生活に戻すと約束しています。 神様はイスラエルに対しても私たちクリスチャンに対しても慈しみと厳しさを併用して信仰を導いてくださるのです。それは鞭と杖とも、飴と鞭とも言い替えられます。母親は幼い子どもをなだめたりすかしたり様々な手段を用いて何とか子どもを育て上げようとします。 社会生活にも信仰生活にも正義と公正は無くてはならないものであり、神様からの教育を受けることによって私たちの人格に備えられてきます。イスラエルの歴史は人類の歴史であり、イスラエルの歴史は私たち個人の歴史を表すものでもあります。イスラエルの歴史の中で表された「神のいつくしみときびしさを」をしっかり学んで整えられたクリスチャンにならせていただきたいと思います。 祝福を祈ります。