今日の聖句7月17日(木)\(^o^)/ 私をいやしてください。主よ。そうすれば、私はいえましょう。私をお救いください。そうすれば、私は救われます。 エレミヤ17:14 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに悟らせるために」と言って、中風の人に、「あなたに命じる。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。すると彼は、たちどころに人々の前で立ち上がり、寝ていた床をたたんで、神をあがめながら自分の家に帰った。 ルカ5:24-25 ************* 今週のテーマ:兄弟の弱さを負う きょうの聖書:2コリント13:1-10 コリント人への手紙第二13章5節6節 あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか─あなたがたがそれに不適格であれば別です。─しかし、私たちは不適格でないことを、あなたがたが悟るように私は望んでいます。 「適格である」 コリント教会から「パウロのことばがキリストのことばだという証拠を示してください」という要求が届きました。それでパウロは最後の章で、自分たちが次回コリントに行った時には、彼らの信仰者としての生き方、パウロが適格な使徒であるかどうか、などについてきっちりと話を詰めたいと願っていることを伝えています。どちらかと言えば、厳しい語調になっています。 自分たちがどれほど丁寧に、また、真剣にコリントの人たちの祝福や成長を願いつつ働いてきたか、関わってきたか、しっかりと確認したい気持ちでいっぱいなのです。しかし、最後の「私たちは不適格でないことを、あなたがたが悟るように私は望んでいます」という文と10節の「この権威が与えられたのは築き上げるためであって、倒すためではないのです」という文には励ましの心があふれています。 パウロもコリント教会に対して不的確でなく、コリント教会も神さまに対して不的確ではないと訴えています。その心の中にはコリントの人たちへの愛であふれています。彼らがしっかり立つように、キリストに属している者にふさわしい生き方ができるように、具体的に励ましの言葉でこの書簡を閉じています。 教会の中に、あるいは仲間同士の中で、家庭の中で、これらの奨励が実現したら、きっと、麗しい絆があると確信できるように思います。自分と自分の関係者の間に、いつでも、「適格である」という言葉は覚えておきたい言葉です。私たちの信仰生活の中で相手を高く評価する習慣を身に着けることが大事です。相手を不適格者とすることが侮辱であり、裁きという罪になるからです。 祝福を祈ります。