今日の聖句7月16日(水)\(^o^)/ 主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。 詩篇127:1 王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。 1テモテ2:1-2 ************** 今週のテーマ:兄弟の弱さを負う きょうの聖書:1コリント8:1-13 コリント人への手紙第一8章10節11節 知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのをだれかが見たら、それによって力を得て、その人の良心は弱いのに、偶像の神にささげた肉を食べるようなことにならないでしょうか。その弱い人は、あなたの知識によって、滅びることになるのです。キリストはその兄弟のためにも死んでくださったのです。 「キリストが代わりに死んでくださったほどの人」 パウロは、これと同じことをローマ人への手紙にも書いています。「食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。」(ローマ14:15) あなた方は、何をしても自由だけれど、その自由によって他の人をつまずかせてしまうなら、それは良いことでないとパウロは語っています。ある人が「それは、つまずいたほうにも責任があるのではないか」と言っていましたが、パウロはここでは、とにかく、相手の神経を逆なでするようなことをしないようにと勧めています。 私たちの周囲にいる人を「キリストが代わりに死んでくださったほどの人」という神様の視線で見ることです。それをしっかり自分で受け止め、相手に対しても喜んで、愛をもって接することです。慎み深さは、こうして育てられていくのかもしれません。相手の存在を高く認めることです。 「神はすべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます」(1テモテ2:4)ここに御心があることをしっかり踏まえて信仰生活をするということが肝心です。この神様の御心が分からなければ、その他の知識はカスのようなものです。神様は私たちを愛していてくださいます。私たちの弱さを持つ隣人に対しても同様に愛を注いでいてくださいます。 祝福を祈ります。