今日の聖句7月11日(金)\(^o^)/ 主よ。私は、あなたのとこしえからの定めを思い出し、慰めを得ました。 詩篇119:52 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。 2コリント5:1 ************* 今週のテーマ:神の前に立つ個人 きょうの聖書:哀歌3:1-27 哀歌3章22節〜27節 私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。 それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。主の救いを黙って待つのは良い。人が、若い時に、くびきを負うのは良い。 「主の恵みによる」 哀歌はエレミヤが書いた哀しみの歌です。エレミヤは罪を犯したために神様の裁きを受けるユダ王国の指導者と国民に向けて、悔い改めて神様に立ち帰り、神様の憐れみを受けなさいと語り続けた祭司でした。しかし、ユダの人々が悔い改めることは無く、かえってエレミヤに過酷な迫害を加えました。 ボロボロの衣で体の一部を覆い、裸足で街を歩き回り、暴力を受け、底には泥がたまった竪穴に放り込まれ、死の一歩手前まで追い詰められました。ついにエルサレムはバビロニヤ軍によって攻め滅ぼされ、国王はじめ、王族も貴族も一般の市民もバビロンへ捕囚として連行されてしまいました。 しかし、エレミヤには神様の守りの御手が延ばされ続けました。みことばを語る預言者であるエレミヤが奴隷以下の姿で予言していたことは、神様のしもべであっても、神の民であっても神様の裁きを受ければこのような苦しみに会うのだということをエルサレムの人々に身をもって示していたのかもしれません。 滅ぼされてしまったエルサレムの瓦礫の上に座って書いたエレミヤの哀しみの歌がきょうの聖書です。このような状況の中でエレミヤは「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい」と言って神様を賛美してています。これが神の前に立つ人の真の姿です。もう一度上の引用箇所を読んでみてください。慰められます。 祝福を祈ります。