今日の聖句7月9日(水)\(^o^)/ かつてわたしが、引き抜き、引き倒し、こわし、滅ぼし、わざわいを与えようと、彼らを見張っていたように、今度は、彼らを建て直し、また植えるために見守ろう。 エレミヤ31:28 すべての人を救う神の恵みが現れ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、イエスの栄光ある現れを待ち望むようにと教えさとしたからです。 テトス2:11-13 ************* 今週のテーマ:神の前に立つ個人 きょうの聖書:エゼキエル18-1-20 エゼキエル書18章14節〜17節 彼が子を生み、その子が父の行ったすべての罪を見て反省し、そのようなことを行わず、丘の上で食事をせず、イスラエルの家の偶像を仰ぎ見ず、隣人の妻を汚さず、だれをもしいたげず、質物をとどめておかず、物をかすめず、飢えている者に自分の食物を与え、裸の者に着物を着せ、卑しいことから手を引き、利息や高利を取らず、わたしの定めを行い、わたしのおきてに従って歩むなら、こういう者は自分の父の咎のために死ぬことはなく、必ず生きる。 「地道に生きる」 親や先祖の罪が子や子孫にたたるという考え方は全世界に在ります。しかしエゼキエルはここで人の幸いや不幸は親や先祖の責任ではないと明言しています。親は自分の犯した罪で自分が裁きを受け、子も自分が犯した罪で神様の裁きを受けるのだと言いました。 また、親が罪を犯してもその子が親の罪を反省し、正しい生き方をするならば神様の憐れみを受けて救われると語っています。丘の上で食事をせずとはピクニックに行って高原で食事をするということではなく、丘の上の偶像の前で宴会をしないということです。 性的な罪を犯さず、物資や金銭に関することで罪を犯すことなく、むしろ、乏しい隣人に愛と親切な行いをするならその人は必ず幸福に生きることができると教えています。エゼキエルはバビロンに捕囚されているユダヤ人に向けてこの言葉を語りました。たとえ捕囚の身であっても正しい生活をしていれば将来には幸福が待っていると語っているのです。 私たちも単純な日々を生きていますが、イエス様の教えを踏まえて互いに愛し合い、互いに赦しあい、互いに助け合って生きていくような地道な道を歩んで行くならば、将来にはイエス様による復活の恵みが待っています。今日も希望を持ってイエス様が生きた道をたどって生きて参りましょう。 祝福を祈ります。