今日の聖句7月7日(月)\(^o^)/ 主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで。 詩篇136:23 私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。 エペソ6:19 ************* 今週のテーマ:神の前に立つ個人 きょうの聖書:創世記4:1-16 創世記4章2節から5節 彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来たが、アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。 「カインとアベル」 カインとアベルはアダムとエバの子どもです。カインもアベルもともに神様を礼する人でした。兄であるカインは農産物を献げて礼拝し、弟のアベルは羊の血を献げて礼拝しました。アベルの献げものは神様に受け入れられ、カインのささげ物は受け入れられませんでした。 その結果、兄であるカインは弟のアベル殺してしまいました。自分には落ち度はない、私は正しく生きていると考えているカインの心には神様は不当だ、という思いが芽生え、弟に対しては怒り、ねたみ、恨み、憎しみの思いが燃え上がりました。ついに罪が堰を切り、弟に手を下してしまいました。 カインの献げ物はカインの心を表し、アベルの献げ物はアベルの心を表しています。カインは私は正しく神の前に生きているという心の現れであり、アベルは私は神様に対して罪を犯しています、私は悪い者ですという気持ちが表れています。この二人の礼拝と同じ様子がルカ伝18章10節〜17節に出ています。 それはパリサイ人と取税人が並んで礼拝していいる姿です。パリサイ人は自分は正しいと言って礼拝し、取税人は罪びとである自分に神様の憐れみを求めて礼拝しました。取税人の祈りは聞かれ、パリサイ人の礼拝は退けられました、アベルが献げ羊の血は、御子キリストの犠牲の血だったのです。私たちは自分の善い行いによっではなく、キリストの犠牲によってのみ神様に近づくことができるのです。 祝福を祈ります。