今日の聖句4月12日(土)\(^o^)/ ヨシュアは顔を地に付けて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をこのしもべに告げられるのですか。」 ヨシュア5:14 私が『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、主はこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。』 使徒26:15 ************* 今週のテーマ:あがない きょうの聖書:詩篇25:1-22 詩篇25篇1節〜5節 主よ。あなたをわがたましいは仰ぎ求めます。わが神。あなたに私は信頼いたします。どうか私が恥を見ないように敵が私に勝ち誇らないようにしてください。まことにあなたを待ち望む者がだれも恥を見ず、ゆえなく裏切る者が恥を見ますように。主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの進む道を私に教えてください。あなたの真理に私を導き教えてください。あなたこそ私の救いの神私はあなたを一日中待ち望みます。 「信頼の祈り」 この詩篇もダビデの作であるとされています。苦難の中から神様の助けを求めているのですが、根底には安定した信頼が根付いています。ダビデの、神様に頼れば必ず道が開けるという気持ちが「あなたこそ私の救いの神」という言葉に表れています。これが贖われた人の気持ちなのです。 ダビデには「常に喜び、絶えず祈り、全ての事を感謝する」習慣がありました。それなので神様との交わりの記録が沢山の詩篇として記録されることになったのです。苦しい時に喜び、嬉しい時に祈り、傷ついた時に感謝するダビデの姿勢は多くの人の共感を呼びます。 ダビデは「私はあなたを一日中待ち望みます」と言いました。これは救いと赦しと守りと導きを求める祈りです。ダビデはすべての問題の解決を神様に求めているのです。お金や人に頼るのではなく、問題の原因を他人に押し付けるのでもなく神様の摂理の中で生かされている自覚をしっかり持っていました。 旧約聖書の中に数多くのキリストの模型があります。ダビデもその一人です。私たちはキリストを模範にして生きるのですが、ダビデは神様の在り方を模範にして生きていたものと思われます。慈悲深く、憐れみに富んだ神様はダビデに豊かな恵みを授けてくださいました。私たちも贖われたクリスチャンとして堅実な信仰に歩ませて頂きたいと思います。 祝福を祈ります。