今日の聖句4月7日(月)\(^o^)/ 主は義とさばきをすべての虐げられている人々のために行われる。 詩篇103:6 なすべき良いことを知っていながら行わないなら、それはその人には罪です。 ヤコブ4:17 ************* 今週のテーマ:あがない きょうの聖書:へブル7:26-28 へブル人への手紙7章26節27節28節 このような方、敬虔で、悪も汚れもなく、罪人から離され、また天よりも高く上げられた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。イエスは、ほかの大祭司たちのように、まず自分の罪のために、次に民の罪のために、毎日いけにえを献げる必要はありません。イエスは自分自身を献げ、ただ一度でそのことを成し遂げられたからです。律法は、弱さを持つ人間たちを大祭司に立てますが、律法の後から来た誓いのみことばは、永遠に完全な者とされた御子を立てるのです。 「大祭司イエス」 祭司は神様と人々をつなぐ働きをする人です。上級祭司の中から選ばれた人が大祭司となりました。大祭司は年に一度、至聖所に入ってあがないの儀式を行うことが許されていました。これは、全イスラエルの罪を赦してもらうためでした。この儀式を行う前に大祭司は自分のために神様に赦しを求めなければなりませんでした。 私たちのために立てられた大祭司は神様のひとり子イエス様でした。イエス様は敬虔で、悪も汚れもなく、罪人から離され、また天よりも高く上げられた大祭司です。イエス様は動物を生贄とするのではなく、ご自身を献げて私たちの罪の身代わりとして永遠の贖いを成し遂げてくださいました。 私たちの大祭司、イエス・キリストは私たちを完全に救うことができる救い主です。完全に救うとは極度まで救えるという意味です。それは罪びとを徹底的に救ってしまうと言い変えられます。御子イエス様は今現在も御父の前で私たちのためにとりなし続けていてくださるのです。 大祭司、イエス・キリストは、罪については無条件で完全に救い、何の追加も無用です。又、境遇についてはどのような困難、障害、誘惑があってもそこから完全に救う救いです。時間については過去も下船材も未来も永遠の先までも救う救いです。私たちは、この救い主を常に見上げて信頼し助けられているのです。 祝福を祈ります。