今日の聖句3月11日(火)\(^o^)/ 「主を選んで主に仕えることの証人はあなたがた自身です。」 ヨシュア24:22 兄弟たち。自分たちの召しと選びを確かなものとするように、いっそう励みなさい。これらのことを行っているなら、決してつまずくことはありません。 2ペテロ1:10 ************** 今週のテーマ:雲の柱火の柱 きょうの聖書:申命記1:26-33 申命記1章29節30節31節 私はあなたがたに言った。「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。あなたがたに先立って行かれるあなたがたの神、主があなたがたのために戦われる。エジプトで、あなたがたの目の前で、あなたがたのためにしてくださったのと同じように。また荒野では、この場所に来るまでの全道中、あなたの神、主が、人が自分の子を抱くようにあなたを抱いてくださったのを、あなたがたは見ているのだ。」 「臆病なイスラエル」 これはカデシュバルネヤでのことです。エジプトを出、紅海を渡り、北に向いてカナンを目指して前進していたイスラエルでした。モーセの命令によって各部族から一名の戦士が選ばれて斥候に立てられました。12人の偵察隊が編成されたのです。しかし、その偵察隊は偵察に出て、敵の勢いに押されて怖気づいてしまったのです。 帰って来た偵察隊は「その民は私たちよりも大きくて背が高い。町々は大きく、城壁は高く天にそびえている。しかも、そこでアナク人を見た」と言って、イスラエルの心を萎えさせたのです。モーセはカナンに向けて進むのを止めて南に向けて引きかえし、死海の東側を回るルートを選ぶことになりました。 イスラエルは約束されていた乳と密の流れる土地の境まで来ていました。一歩足を踏み出せばよかったのに「上って行こうとせず、あなたがたの神、主の命令に逆らった」のです。信じれば救われるのに信じないで救いを逃す形の典型です。信じられない理由は「恐れ」です。 もし恐くなってしまったのならすぐに祈って神様の導きと励ましを求めればよかったのに「主は私たちを憎んでおり、私たちをエジプトの地から連れ出して、アモリ人の手に渡し、私たちを根絶やしにしようとしておられるのだ」いう不平を鳴らしてしまったのです。自分の臆病を恥じないで神様の愛を疑ったということです。恐れを乗り越えるのが信仰です。踏ん張りましょう。 祝福を祈ります。