今日の聖句6月4日(火)\(^o^)/ 主は言われた。「わたしの臨在がともに行き、あなたを休ませる。」 出エジプト33:14 安息日の休みは、神の民のためにまだ残されています。 ヘブル4:9 ************* 今週のテーマ:キリストの体なる教会 きょうの聖書:マタイ18:15-20 マタイの福音書18章18節19節20節 まことに、あなたがたに言います。何でもあなたがたが地上でつなぐことは天でもつながれ、何でもあなたがたが地上で解くことは天でも解かれます。まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。 「赦しによる結実」 ここで教えられている祈りは、罪を犯した信者のために、その信者が自分の犯した罪を認めて神に対して悔い改め、被害者に対して素直にお詫びできますように、というお祈りです。「どんなことでも」とは直接的には罪を犯した人が自分の犯した罪を悔いて神にたち帰ることです。そのとりなしの祈りをかなえると言っておられるのです。 この19節と20節の言葉は18章3節の「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。という教えからの続きでイエス様はここまで一気に語っておられます。15節と16節でも二人だけの時に罪を指摘して悔い改めに導きなさいと言われています。 自分を幼子のように低くし、兄弟をつまずかせず、一人のクリスチャンの尊厳を認めて、迷い出たものを連れ戻す。そのような弟子が天の御国では偉い人なのです、と教えられた後の結論的お言葉です。他人の罪ばかりでなく自分の罪のためにもあわれみを乞わなければならない私たちです。二人で悔い改めるということです。 「あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります」とヤコブ書で教えられています。支援的に赦し合って祈るときにキリストの恵みと祝福はまし加えられます。赦しの中に愛があり、愛は赦すことによって実を結ぶのです。 祝福を祈ります。