今日の聖句4月22日(月)\(^o^)/ 今週のテーマ:永遠のいのちのパン きょうの聖書:申命記1:11-20 申命記1章16節17節 私はあなたがたのさばき人たちに命じた。「あなたがたの同胞相互の言い分をよく聞き、ある人とその同胞との間、また寄留者との間を正しくさばきなさい。裁判では人を偏って見てはならない。身分の低い人にも高い人にもみな、同じように聞かなければならない。人を恐れてはならない。さばきは神のものだからである。あなたがたにとって難しすぎる事柄は、私のところに持って来なさい。私がそれを聞こう。」 「正しい裁判」 申命記は出エジプトしたイスラエルが40年の旅路の末、ヨルダン川を越えてカナンに入ろうした時、新しい土地で神の民として生きて行く上での教えを述べたモーセの説教です。それは創世記、出エジプト記、レビ記、民数記を再びイスラエルに教えるものでした。「申命」とは再び教えるという意味です。 そしてこの聖書箇所では、カナンに入ったら、千人、百人、五十人、十人のグループを作り、夫々相応しいリーダーを立てて、そのリーダーによって正しく問題を処理しなさいと教えました。解決困難な問題はモーセの所に持ってくればモーセ自身が解決策を立てると言っています。 神様の基本方針は常に愛であり、また、弱者保護です。民もリーダーもその神様の基本方針に則って問題解決に当たれば民の生活は保護されます。モーセはイスラエルに問題解決には平等な対処が不可欠であることを告げています。不公平の原因は賄賂です。賄賂を取ることは偶像礼拝に匹敵する大罪です。 「人を恐れてはならない」ということ。これはとても大事な教えです。裁判に際して裁判官に当たる人が、力のある人や金を持っている人を恐れて不公平な裁判を行ってしまうと国が滅びます。「さばき」とは、問題の解決ということです。その裁きの中に不公平があると問題がさらに大きくなり、解決できなくなります。私たちに対してイエス様は完璧な「さばき」をつけてくださいました。 祝福を祈ります。