今日の聖句3月24日(日)\(^o^)/ 彼らの前で闇を光に、起伏のある地を平らにする。 イザヤ42:16 彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 ルカ24:30-31 ************* 今週のテーマ:主の受難 きょうの聖書:マルコ11:1-11 マルコの福音書11章8節9節10節 多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。そして、前を行く人たちも、後に続く人たちも叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」 「エルサレム入城」 イエス様が贖いを成し遂げるためにエルサレムに来ました。イエス様はロバの子に載ってエルサレムに入りました。それは将来神の国の王として再臨される時の栄光を予表するものでした。ホザナとは「今私たちを救ってください」という意味です。イエス様が軍馬ではなくロバに乗って来たということは、イエス様が平和の王であることを表しています。 2節〜6節の「主がお入り用なのです」という行は、イエス様かが全知全能であることを証している出来事です。それはイエス様がなさること、つまり、贖いはだれにも止められないということも表しています。贖われた私たちはこの時の子ロバのようにイエス様を頂いてイエス様のために生きるようになるのです。 今日から土曜日までの一週間が受難週です。イエス様は月曜日から神殿のきよめを行い、学者と議論し、多くの譬えを語り、世の終わりを告げ、ユダに裏切られ、木曜日の夜には最後の晩餐に臨んだ後、ゲッセマネの祈りを経て、オリーブ山で逮捕され、裁判を受けて翌朝の金曜日には十字架にかけられました。 イエス様の受難はすべて私たちのためであり、私たちを罪と死の世界から救い出すためでした。イエス様が身代わりになって死んでくださったおかげで私たちは幸福な人生を生きられています。今日から一週間をイエス様の御受難を偲ぶ期間として、慎み深く生活させていただきたいと思います。 祝福を祈ります。