今日の聖句8月16日(水)\(^o^)/

私たちは、父祖たちがみなそうであったように、あなたの前では寄留者であり、居留している者です。地上での私たちの日々は影のようなもので、望みもありません。
1歴代誌29:15

ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
2コリント4:16

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今週のテーマ:ヨベルの年
きょうの聖書:レビ25:13-17

レビ記25章13節14節15節

このヨベルの年には、あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰る。もしあなたがたが、同胞に土地を売ったり同胞から買ったりするときは、互いに損失を与えないようにしなさい。ヨベルの後の年数にしたがって、あなたの同胞から買い、収穫年数にしたがって相手もあなたに売る。

「収穫年数」

土地を売却して他の土地に住んでいた人は、ヨベルの年にはその土地は元の持ち主の元に帰るので、その人は自分の土地に帰れという教えです。売買するのは土地そのものではなく、収穫年数であり収穫の回数だけだからです。神様がこのような決定をするのは「土地はわたしのものである」(レビ25:23)という神様の所有権に根拠があります。

聖書には土地の買い戻しの規定が記されています。売却された土地は血縁の濃い順に買い戻しの権利があるとされています。もし、ヨベルの年の前に買い戻されればよいのですが、売却された土地が身内のものに買い戻されない場合は、ヨベルの年には自動的に元の持ち主の所有に戻るのです。

創造主である神様の権威は、所有権、支配権、決定権、救済権、断罪権があります。別に生殺与奪の権とも言われます。罪とは、この神様の権威を犯すことであり、神様の権威を自分のものとしてしまうことです。偶像礼拝が罪であるということは、神様の権威を頭から否定することなので絶対に許されないのです。

私たちは神様の救済権のおかげで罪の赦しを受け、罪と死の奴隷状態に置かれていたのに完全に開放されて神様の豊かな愛の中で安らかに生きられるようにされました。キリストの十字架と復活によって成し遂げられた救いは誰もそれを否定できないのです。神様の権威によって行われた救いだからです。

祝福を祈ります。