今日の聖句5月10日(水)\(^o^)/ わたしの手が短くて贖うことができないのか。わたしには救い出す力がないというのか。 イザヤ50:2 見よ。ツァラアトに冒された人がみもとに来て、イエスに向かってひれ伏し、「主よ、お心一つで私をきよくすることがおできになります」と言った。 マタイ8:2 ************ 今週のテーマ:聖書 きょうの聖書:2テモテ2:8-10 テモテへの手紙第二2章8節9節 イエス・キリストのことを心に留めていなさい。私が伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえった方です。この福音のために私は苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばはつながれていません。 「神のことば」 パウロの弟子であるテモテは父親がギリシヤ人で母親がユダヤ人でした。パウロはテモテを我が子と呼んで愛に満ちた指導をしました。ここでは改めて、イエス・キリストのことを心に留めていなさいと教えています。それはイエス・キリストが死者の中からよみがえられた方だということを常に覚えていなさいということです。 初代教会のクリスチャンは試練と迫害とに包まれていました。いつ投獄させられるか、いつ処刑されるかわからないのです。たとえ逮捕され、拷問にかけられ、殺されることがあったとしても、キリストが死を乗り越えて復活したことを思い出し、キリストを信じる者にはキリストの復活と同じ復活が備えられていることを忘れないでいなさいと教えているのです。 パウロはここで、「この福音のために私は苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばはつながれていません」と言っています。つながれているというのは、逮捕され収監されているということです。権力者は伝道者を縛ることができますが、どんな権力者でも神のことばまでは縛ることができないと証しています。 神様のみことばはいつでも完全に自由です。誰かに縛られて力を発揮できないということは決してありません。みことばの人を救う力、みことばの人を生かす力は何物によっても制限されることはありません。私たちがみことばと共生きる限り、私たちの前途が途絶えることはないのです。未来はみことばによって切り拓かれて行きます。 祝福を祈ります。