今日の聖句5月6日(土)\(^o^)/ 私は苦しみの中で主を呼び求めわが神に叫び求めた。主はその宮で私の声を聞かれ御前への叫びは御耳に届いた。 詩篇18:6 イエスは、船尾で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生。私たちが死んでも、かまわないのですか」と言った。 マルコ4:38 ************* 今週のテーマ:キリストに結ばれる きょうの聖書:2コリント12:1-10 コリント人への手紙第二9節10節 主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 「人の弱さと神の力」 パウロは特別な恵みと賜物を授けられていました。しかし、目が不自由だという大きな痛みがありました。とてもつらいことなので、三回にわたって癒してくださいと祈ったのですが、目は良くなりませんでした。その時、キリストから「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。 パウロは目の苦痛と不便の中でも十分な恵みを味わい、又、弱さのために遜ることによって、かえって主の力を知り、弱さ、欠乏、困難を感じる時にそれらを感謝して受け止められたのです。人には弱さがあり、神様には人の弱さを生きる力に変える力があるということです。 自分が弱い時は、神の力が最も発揮される時だという信仰が、パウロを常に謙遜にさせ、苦難を乗り越えさせる力になったのです。私たちも自分の弱さを受け入れることができるようになり、主の力の必要が分かり、主の力がまさに弱さの中で力を発揮するという事を経験しながら成長していくのかもしれません。 その経験は、主に信頼して生きる人すべての人に共通している実際的な教訓であり、信仰体験なのだと思います。私達にも自分で考えて理解できない苦難がありますが、「神様が私を謙遜な人間にするためにこういう経験をさせていてくださる」と考えられたらいいですね。 祝福を祈ります。