今日の聖句4月12日(水)\(^o^)/ このわたしが地を造り、その上に人間を創造した。このわたしが手で天を延べ広げ、その万象に命じたのだ。 イザヤ45:12 すべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。父には、移り変わりや、天体の運行によって生じる影のようなものはありません。 ヤコブ1:17 ************ 今週のテーマ:復活 きょうの聖書:ヨハネ20:24-29 ヨハネの福音書20章28節29節 トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」 「トマスの信仰」 御手と脇の傷をトマスに示して、「信じない者にならないで信じる者になりなさい。」とイエス様に言われ、決して信じないと言い張っていたトマスでしたが、彼は、イエス様に向かって「私の主。私の神。」と叫び、イエス様を神様として礼拝しました。この復活の主キリストを礼拝することこそ、この福音書が読者に求めている信仰であり、礼拝なのです。 トマスはイエス様を「私の主」「私の神」呼び、これは、旧約聖書の詩篇などにそのまま出てくる神様への呼びかけの言葉です。あそこにもある、ここにもあるどこの国のどの民族にもあるという偶像神ではなく、聖書で真の神として礼拝されている御方、真の神としてイエス様を礼拝したということです。 ヨハネは「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(1:1)とこの福音書を書き始めましたが、最後に至って、弟子となったトマスが「この『ことば』であるイエス様は神である。」という告白をすることによって結論に達するのです。 信仰は一般的でなく個人的であることが大切です。「一般的にイエス様は神様です、といわれています」、では、信仰は成り立ちません。トマスのように個人的に「イエス様は私の主であり、私の神様です」という告白が必要です。イエス様は私たち一人一人の心の中に住んでくださる方ですから。イエス様は私の救い主です。イエス様は私を救ってくださいました。 祝福を祈ります。