今日の聖句3月30日(木)\(^o^)/ すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。 伝道3:1 イエスは十二人をそばに呼んで、彼らに話された。「ご覧なさい。わたしたちはエルサレムに上って行きます。人の子について、預言者たちを通して書き記されているすべてのことが実現するのです。 ルカ18:31 ************* 今週のテーマ:信仰による義 きょうの聖書:ローマ4:13-17 ローマ人への手紙4章 世界の相続人となるという約束が、アブラハムに、あるいは彼の子孫に与えられたのは、律法によってではなく、信仰による義によってであったからです。もし律法による者たちが相続人であるなら、信仰は空しくなり、約束は無効になってしまいます。実際、律法は御怒りを招くものです。律法のないところには違反もありません。 「約束」 「世界の相続人となるという約束が、アブラハムに、あるいは彼の子孫に与えられた」とは、アブラハムとアブラハムの信仰に倣う信仰的子孫によって世界の諸民族が祝福を受けることです。それは創世記12章2節3節に記録されています。この約束が交わされたのは律法制定の前でした。 律法を守ったからこの約束が与えられたのではありません。単純に信じて従がう者に与えられた約束です。もし、この特権が律法の行いへの報酬として与えられるものなら信仰も必要なくなり、約束も無効になるのです。律法とは、罪を定め、人に罪を犯したことを自覚させ、神の怒りを招きこそすれ、祝福を降すものではありません。 神様の恵みに与る唯一の道はキリストへの信仰だけです。これによってアブラハムの血筋上の子孫であるユダヤ人も、信仰上の子孫であるクリスチャンにも16節で言われているように約束が保証されるのです。祝福が行いによるのであれは、祝福は行いによって与えられるでしょうが、約束によるものであるから、ただ、信仰によって受け取るべきものなのです。 信仰によって恵みを受けた典型的な実例は、アブラハムも妻サラも高齢に達した後、イサクを授かったという出来事がありました。それで、「わたしは、あなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように大いに増やす」という創世記22章17節の約束が実現したのです。私たちに必要なのは約束への信頼と信仰です。 祝福を祈ります。