今日の聖句3月15日(水)\(^o^)/ 主の恵みは私たちに大きい。主のまことはとこしえまで。ハレルヤ。 詩篇117:2 私たちの主イエス・キリストの父である神、あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神がほめたたえられますように。 2コリント 1:3 ************ 今週のテーマ:大祭司イエス きょうの聖書:へブル4:14-16 へブル人への手紙4章14節15節16節 私たちには、もろもろの天を通られた、神の子イエスという偉大な大祭司がおられるのですから、信仰の告白を堅く保とうではありませんか。私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。 「完璧な祈り」 大祭司は祭司の長であり、年1回贖い日に至聖所に入り、神の前に民を代表して、いけにえのやぎの血を贖いのふたにかけ、全イスラエルの罪の贖いをしました。それによってイスラエルの民は罪のないものとみなされて御父である神様を礼拝することができたのです。 私たちには十字架によって贖いを成し遂げてくださったイエス様という大祭司がついているのですから、イエス様と一緒に大胆に恵みの御座に近づけるのです。イエス様は十字架で死の痛みと死の苦しみを経験した方ですから、私たちのすべての痛みと苦しみに同情できるのです。 大祭司は民に変わって神様に祈ることが使命です。パウロはローマ8:26で「御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです」と証言しています。 私たちは、祈りたくても祈れないという大きく苦しむ日があります。イエス様は御霊となって私たちのために祈ってくれる大祭司なのです。自分の祈りに自信を持てなくても、イエス様が私のために神様にとりなし祈っていてくださることを忘れないようにさせていただきたいと思います。イエス様の祈りは完璧です。 祝福を祈ります。