今日の聖句2月23日(木)\(^o^)/ 立ち返れ。悪の道から立ち返れ。イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。 エゼキエル33:11 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。 マタイ6:13 ************* 今週のテーマ:神の愛 きょうの聖書:1ヨハネ4:7-11 ヨハネの手紙第一4章10節11節 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。 「ここに愛がある」 私は長い間、愛という言葉を理解できませんでした。しかし、罪の赦しを体験し、キリストが神様の大きな愛で私を赦してくださったと知ったとき、「愛は赦し」だと知りました。互いに愛し合って生きるとはお互いに寛容な気持ちを維持して、相手の罪を裁かないことだと理解するようになりました。 ガラテヤ人への手紙の5章22節と23節に「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実柔和、自制です」とあります。キリストを信頼して生きる人にはキリストが恵みとしてこのような信仰の実を授けてくださいます。それは、自分から進んで他の人を愛し、他の人に対して寛容に生きようという気持ちが湧いてくるということです。 御父が私たちを愛して、御子を与えてくださいました。御子の死によって私たちを赦し、御子の死に免じて私たちと和解してくださっということです。もしこの神様の愛がなかったら、全人類は今なお敵意と憎しみの泥沼から抜け出せませんでした。御子の十字架の足元に神の愛があるのです。 ですから私たちは毎朝、御子の十字架の足元に立ち帰り、そこで神様の愛を頂き、自動車がガソリンスタンドでガソリンを補給するように、私たちはキリストの十字架の足元で神様の愛の補給を受けるのです。受けた結果、目つきも穏やかになり、口元にもほほえみが戻り、顔全体が明るくされます。それで私たちは互いに愛し合えるのです。あるのはただ感謝だけです。 祝福を祈ります。