今日の聖句12月19日(月)\(^o^)/ あなたは新しい名で呼ばれる。主の御口が名づける名で。 イザヤ62:2 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 2コリント5:17 ************* 今週のテーマ:イエスの誕生 きょうの聖書:ルカ1:46-55 ルカの福音書1章46節47節48節 私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます。この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。 「マリアの賛歌」 46節から54節までに感動のこもったマリアの賛歌が記録されていますが、今朝は冒頭の3節のみ紹介します。「主をあがめる」という言葉は「大きくする」という意味のある言葉です。「あなたは本当にたいしたお方です」と絶賛すること、「いくら誉めても誉めすぎることがありません」という心を向けることで、「喜びたたえる」と言う言葉が出てきます。 主を礼拝する人の基本的な姿勢がここに表明されています。神様を自分よりはるかに優れた偉大なお方と位置付けること、そしてそのお方を尊敬し崇拝し、そのお方を喜ぶこと、神様への賞賛と、神様を喜ぶこと、その姿勢は私たちにも求められている 心です。 卑しいはしためとは、お金がなくて貧乏だとか、社会的な身分が低いという意味ではなく、きよく気高い神様の御前では取るに足りない弱いものと言う意味で、自分を謙遜している言葉です。事実マリアは謙遜において秀でた女性でした。目を留められたとは、救い主の母となるべく召されたことへの感謝が込められています。 私を幸いな者と呼ぶとは、自分に与えられた使命の重さを感じてのことばだと思います。マリアの前途には危険が山積みになっています。この言葉には、マリアが喜び勇んで自分の十字架を負い、自分の人生を勇敢に歩んでいこうとしている姿が感じられます。主と共に生きる人生は実に素晴らしい。 祝福を祈ります。