今日の聖句7月7日(木)\(^o^)/ あなたの御手によって、すべてのものが偉大にされ、力づけられるのです。 1歴代誌29:12 イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。 マルコ10:16 ************* 今週のテーマ:聖なる民 きょうの聖書:へブル3:12-19 へブル人への手紙3章15節16説17節 「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。神に逆らったときのように」と言われているとおりです。では、聞いていながら反抗したのは、だれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た、すべての者たちではありませんか。神が四十年の間、憤っておられたのは、だれに対してですか。罪を犯して、荒野に屍をさらした者たちに対してではありませんか。 「心を開く」 へブル3章7節に「聖霊が言われるとおりです」というみことばがあります。このみことばは元訳聖書では「聖霊の言えるごとくせよ」と訳されています。信仰生活の中では、聖霊が語られたことにそのまま従うことが最も大事なことです。神様のみことばに対して心を開き「アーメン」と答えて従がうのです。 エジプトを脱出して約束の土地カナンを目指して旅をしたイスラエル人は、神様のことばに対して心をかたくなにして逆らいました。その結果モーセとアロンを初めとして脱出当時の成人たちはヨシュアとカレブ以外は皆砂漠で死に絶えてしまいました。神様に従順でない人は祝福されないのです。 それでへブル人への手紙は「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない」と訴えているわけです。従順であることを拒み、頑固になることは正しい判断を狂わせ、人を罪の道に落としてしまいます。神様に対する謙遜と従順がクリスチャンのいのちなのです。 私たちの心に入ろうとしているキリストを心のドアを開いてお迎えすることです。それが謙遜であり従順ということです。今日もイエス様は私たちの面前で「あなたの心に入れてください」と言って待っています。私たちは「どうぞ」と言って心の扉を開くばかりです。たちまち私たちは安息に入り、私たちの心は平安に包まれます。これが私たちの毎朝のルーティーンです。 祝福を祈ります。