今日の聖句5月18日(水)\(^o^)/ まことに、地の柱は主のもの。その上に主は世界を据えられました。 1サムエル2:8 初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 ヨハネ1:1 ************* 今週のテーマ:待っている神 きょうの聖書:ルカ15:1-7 ルカの福音書15章4節5節6節 あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、家に戻って、友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うでしょう。 「罪びとへの愛」 これはユダヤ人が罪びとと親しく交わるイエス様を批判した時に、イエス様が語られた「一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にある」ということを示す譬えです。青梅教会には千葉県佐倉市の画家であり牧師でもある阿部先生が画いた子羊を背負うイエス様の絵があります。 イエス様は罪びとが御父に立ちかえること、罪びとが悔い改めて正しい信仰と礼拝に戻ることを待ち望んでいるのです。神様を否定し、キリストの愛を拒絶する人が多く、社会全体が生き辛さにあえいでいます。しかし、イエス様は生けるいのちの水を豊かに備えて人々に憩を与えようとして待っているのです。 ユダヤ人は自分の正しさを誇りますが、神様の前では「自分は正しい」などと言うことは何の意味もありません。それどころか「自分は正しい」ということは神様の方が間違っていると言うことに等しいことだからです。自分の正しさを主張している限り神様の愛とキリストの恵みにたどり着くことは難しいのです。 一方、自分の罪に苦しむ人はキリストに出会うことによってキリストから癒され、神様の愛の世界に入れるので希望があります。イエス様は両腕を大きく広げ、悔い改めて御父に立ちかえる人を抱きかかえてくださいます。私たちはみんな、この恵みを受けたのです。この恵みを分かち合い、この味をまだ知らない人たちに味わってもらえるように努めていきたいと思います。 祝福を祈ります。