今日の聖句3月30日(水)\(^o^)/ 私たちの神はその呪いを祝福に変えられた。 ネヘミヤ13:2 すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。 2コリント5:19 ************* 今週のテーマ:主のぶどう畑 きょうの聖書:エレミヤ12:10-17 エレミヤ書12章14節15節 主はこう言われる。「わたしの民イスラエルに受け継がせたゆずりの地に侵入する、悪い隣国の民について。見よ。わたしはその土地から彼らを引き抜き、彼らの間からユダの家も引き抜く。しかし、彼らを引き抜いた後、わたしは再び彼らをあわれみ、彼らをそれぞれ自分のゆずりの地、あるいは自分の土地に帰らせる。」 「」 神の民イスラエルが住み、神に礼拝を捧げる町エルサレムが外国人と外国の宗教によって踏みにじられてしまい、荒れ果てた状態に陥っていることをエレミヤが嘆いてい:ます。神様はこの町から外国の宗教である偶像を取り除いてきよめようとしています。又、その外国人の間からイスラエルを分離させると宣言しています。 偶像礼拝をしたことによって神様が処罰を降し、イスラエルはエルサレムから追放されますが、神様は神の民を再びエルサレムに帰らせ、再び礼拝の民として立ち上がらせると約束しています。偶像礼拝が自分の身に危害を与え、一緒に生活している人にも多大な被害を及ぼすということを経験したイスラエルは復帰後には徹底して偶像を排除するようになっていくのです。 懲りるという言葉がありますが、バビロン捕囚によってイスラエルは懲りるのです。罪の実態を知り、憐れみを受けて赦されるという体験も重ねて、ユダヤ教と言う宗教が生まれてきます。バビロン捕囚中にユダヤ人の多くは混血し、ユダヤ人としての純粋性も失うのですが、神様はそのどん底の状態のユダヤ人に救いと赦しを与えようとしているのです。 一般の社会でも犯罪に凝りて悔い改めるならば救いがあります。クリスチャンであって罪を犯して懲りず、悔い改めないならば救いはありません。自分の犯した罪、自分の心と生活の中にある罪をしっかり見つめ、その罪を捨て去り、キリストの愛の中に飛び込むことで憐れみと救いを受けるのです。イスラエルの回復は世界の救いの縮図です。 祝福を祈ります。